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センセのガッコ奈良

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いい教育がしたい!とがんばる奈良の先生のために

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雑誌『子どもと教育』(ルック発行)の一月号特集「元気な学校ぼくらの行事」に
斑鳩東小学校の宮地政弘先生と中谷計江先生の署名で
「東小ソーラン誕生」という記事が載っています。
以下、引用させていただきます。
(写真もいっぱい載ってます。ぜひ買って読んでくださいね!)

まえがき

東小ソーランは二〇〇〇年(平成一二)年度の運動会で、五、六年合同演技の取り組みとしてスタートしました。この年、高学年は各学級が四〇名というすし詰め状態です。この年から単年度制も始まりました。荒れもありました。校舎南館に四学級・・・・。学級相互の交流もないまま二学期が始まりました。

東小ソーラン誕生

六年生からの提案で、組み立て体操に代わりTVドラマ『三年B組金八先生』で有名になったソーラン節に挑戦しようということになりました。見ようみまねで踊りきったとき、今まで交流のなかった四学級がお互い顔見知りになり、教師も互いの学級児童に声をかけるようになりました。学級・学年の壁を越えて指導しようという雰囲気ができた一年目です。

二年目になって、初めて半纏づくりに取り組みました。色とりどりの半纏で舞い踊り、運動会に『東小ソーラン』が定着してきました。

①合同演舞~ ②六年演舞(半纏着装)という現在の形ができたのもこの年からです。この年は、卒業式の後でも運動場に集い、踊りました。それでも「半纏つくったのに、二回だけやったね・・・」という声があり、次年度以降の課題となりました。

運動会と卒業式に踊っていたソーラン節は、異文化交流会や総合的な学習など、学校にお客様をお迎えしたときのアトラクションとして、またある時は予餞会の演目として度々踊られるようになりました。学校を代表する演し物に定着してきたのかもしれません。

五年生の野外活動キャンプファイヤーでも踊られるようになりました。秋の曽爾高原は冷え込みます。気温三度の星空の下、動かなくなったプレーヤーの代わりに大きな声で歌いながら踊りました。位置や振りをあわせなくてもすぐに体が動く・・・・。ファイアーの周りは即興の舞台になります。仲間との結びつきを喜び合いたいとき、この民舞は大きな力を発揮するのかもしれません。

町の秋祭りにも出演の依頼があり、太鼓クラブとともに秋空の下、踊らせていただくようになりました。「東小のソーランを観に、祭りの会場に来たんやで」「うちの学校(園)でもやらせてみたい」と言われるまでになりました。

今年、五回目の出演は、町制六〇周年記念の祭りとして盛大な祭りになりました。晴天にも恵まれ、多くの観衆に割れんばかりの拍手をいただきました。子どもたちも感無量だったと思います。

南中ソーランコンテスト

二〇〇二年(平成一四)年度の夏、南中ソーランコンテストが奈良公園で開催されることを聞き、卒業生を中心に参加することにしました。別々の中学校に進学していた子どもたちは、久しぶりの再会に同窓会のような雰囲気でコンテストを楽しみました。それ以降、「今年もいこうよ」と声を掛け合い毎年参加しています。

第二回コンテスト(小学生六名・中学生七名、教師一名)では、努力賞をいただきました。異校種合同の取り組みが評価されたのではないでしょうか。第四回では校種も高校生にまで広がり、ついにグランプリを戴くまでになりました。

第五回は特別な大会でした。審査員に伊藤多喜雄さんがおいでになり、当然練習にも力が入ります。コンクールに向けて夏から度々小学校体育館に人が集まるようになりました。中高生は補習や部活動の後昼食もそこそこに駆けつけます。総勢五〇名ほどにふくれあがったメンバーは、互いに叱咤激励し合い厳しい練習を重ねていきました。小学生の演技に厳しい注文を投げかける中学生。

「小学生は一生懸命が見えたら絵になる。それ以上に中学生は、自分たちの演技に磨きをかければいいんだよ」

うつむく小学生にさりげなくフォローを入れる高校生。汗臭い体育館に展開される青春ドラマに大人たちは、思わず笑みをこぼすのでした。

大会当日、初めての大舞台奈良県文化会館国際ホールは、緊張の連続です。場当たり、予選、決勝・・・・。どのチームもすばらしい演技ばかりです。ただ風を起こしてこよう。大地を踏みならしてこよう。そして、声を轟かせてこよう。それだけを指示しました。後は祈るのみです。

甲斐あって準グランプリをいただきました。伊藤多喜雄さんのご厚意でコンサートにも出演させていただきました。夢の舞台を終えて帰路についてみたら、朝から一五時間ソーラン漬けの一日でした。

第五回コンテストの打ち合わせには高校生三名を同伴しました。会場においでになった伊藤多喜雄さんは、そのうちの一人I君に声をかけてくださいました。I君は、小中学校を通して欠席がちの生徒でした。その時も学校へ行かず、家に閉じこもりがちでしたが、コンテストの練習に顔を出していた彼を他の二人が無理矢理連れ出したわけです。

「家にいたかったらそれはそれでいいんだ。今日は会いに来てくれてありがとう」多喜雄さんにエールをいただいた彼は、へとへとになるまで練習しました。

当日は出席できなかったのですが、それ以降奮起し、現在、長期にわたってコンビニのアルバイトを続けています。五年の歴史のなかには、一人の子どもの進路まで動かすエピソードがいくつも隠れているのです。

ソーランつながりの輪の中で

東小学校の高学年担当に基本的な振り付け指導の仕事はありません。勿論、その年ならではの演出や調整は必要ですが、六年から五年への伝達は自発的に行われます。ついには、夏休みに中学生や高校生までやってきて振り付け指導をするようにもなりました。コンテストに出場するチームにはなおさらです。なかには先生より怖い兄や姉が『腰が高い!』『声を出せ』と家で特訓するという話も聞こえてくるようになりました。

二〇〇四(平成一六)年度から運動会終了後、運動会を見学に来た卒業生が在校生とともに総踊りをするという伝統ができました。土曜日の運動会、下校途中の高校生も曲を聞きつけ、制服姿のまま踊りの輪に入って来ました。低学年の子どもたちも含めて踊ったソーランは、一体何人で踊ったのでしょう?確か保護者も何人か混じっていたはずです。雨の降る年も、曲が流れてくるまでは帰らない・・・・。

「ソーラン節」という演舞が結びつける仲間を【ソーランつながり】と言う以外なんと言えばいいのでしょうか。大切なつながりになっていることには違いありません。

ソーランの楽しみの一つは、自分の半纏の制作にあります。夏休み後半に制作の日程をきめ、自分たちの手作り半纏を作るのです。和裁をご存じの母や祖母の奉仕があり、染め物工場の協力がありました。多くの人たちに囲まれて活動する子どもたちは、技術だけでなく心のつながりも成長しているはずです。年々積み重ねてきた半纏作りの技(技術)は、子どもたちだけでも十分制作できるほどになりました。

年に一回大きな舞台で顔を合わせる【斑鳩東小ドリームジュニア】は、現在第六回目のコンテストに向けて練習中です。今回は、中学生も高校生も受験生が多く小学生中心の編成になりそうです。(出場する!という受験生も勿論いますが・・・・)コンテストに向けての練習を昼休みにも始めるようになりました。

小学生自らが、配置や振り付けについて意見を出し合うようになりました。コンテストも三年目の小学生です。立派なものです。

汗だらけの顔を見ていると、今年は入賞せんでも褒めてあげよ・・・・。と思うこの頃です。当然、本人たちは、グランプリ狙いなのですが・・・。

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by sensenogakko | 2008-01-07 22:27 | 教育実践
10.同僚性が発揮される教師集団を

保護者からのクレームは教師にとってつらいものです。
時には適切な対応ができずに後手にまわってしまい、関係がこじれることもあります。

基本は普段からクレームを「攻撃」ととらえずに、
必要な要求だと考える構えを崩さないことです。
丁寧に聞き取り、相手の気持ちをくんだ上で、
その要求に対する見通しを語っていくことで信頼は回復されていきます。

時には、一緒に考えてほしい、力をかしてほしいと訴えることも必要かもしれません。
集団づくりはトラブルを指導のチャンスととらえて子ども集団に返していきます。
保護者とのトラブルも教師と保護者との出会い直しと考えて、乗り越えていきましょう。

また、その際は、一人では絶対にかかえこまないことが大切だと思います。
分析と方針を私たちも集団で論議することで確立していくことが求められます。
普段からの職場での関係づくり、職場づくりも視野に入れていけると
不安はずいぶんと軽くなります。

奈良市立あやめ池小学校 宇田 佳彦(奈良県生活指導研究協議会)
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by sensenogakko | 2008-01-07 22:23 | 教育実践